寛容の心と人間関係!喉元過ぎれば熱さを忘れる

人は誰しも過ちを犯す存在です。私たちの日常には大小さまざまなミスが潜んでいます。

しかし、その過ちの後、どのような対応をするか、そしてその経験から何を学び取るかは、人としての成熟度や人間関係の質を示すものだと私は感じています。

日本の古い言葉の中に「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という言い回しがあります。

これは、時間が経つと過去の経験や過ちを忘れがちである、という人間の性質を端的に示す言葉です。

私もこの言葉を知ってはいましたが、実際に体験してその重要性を実感することになるとは、その時は思ってもみませんでした。

ある日、私は重要なレッスンに遅刻するという大失敗を犯してしまいました。

早朝の変えの効かないレッスンでしたので、私の役割は非常に重要でした。

しかし、大幅な寝坊で、私は大遅刻をしてしまいました。

電話がかかってきて初めて目覚めたのです_φ(・_・…

その時の責任者であり、私の仲間でもあったAさんは、私が遅刻したことによる混乱を冷静に収めていました。

そして電話越しでも優しく気遣いの言葉を投げかけてくれました。

レッスンが終わった後、Aさんは私に対して非難の言葉を一切投げかけることなく、事の経緯を静かに聞き取ってくれました。

私が謝罪の言葉を繰り返す中、Aさんは「早朝のレッスンをやってもらってるだけでもありがたいのに気配りが出来ていないことも良くない」との言葉をかけてくれました。

この一件は私にとって大きな教訓となりました。

それまで他人にのみ厳しかった私はAさんの寛容さや理解の深さ、そしてその後のフォローの仕方に深く感銘を受けました。

そして、私も同じような立場になったときには、Aさんのような対応ができるよう心掛けるようになりました。

その後、私の下で働く若手のスタッフが繰り返しミスを犯す状況に直面しました。

スタッフのミスに対して非難の声を上げたくなりましたが、私はAさんの寛容さを思い出し、過度な非難をせず、どうしたらよいかという解決策を一緒に考えることを選びました。


「喉元過ぎれば熱さ忘れる」。


この言葉は、過去のミスや経験を忘れてしまう人の性質を指摘するものです。

しかし、私たちにとって大切なのは、その経験を忘れずに胸に刻み、その経験から学び取ることです。

私のこの経験は、人の過ちやミスに対してどのように対応するかの大切さを教えてくれました。

そして、他者との関わりの中で「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という言葉を胸に刻み、公平で理解ある対応を心がけることが、人間関係をより良好に保つ鍵であると再確認しました。

非常識と常識の境は本人の「過ち」を他人が犯した時に「寛容さ」を持って接することができるかどうかに帰結するのではないでしょうか。