2021年10月9日土曜日

危険視される子供の将来

客観性を持った主体。

人が成長していく上で大切なのは「俯瞰視する」点にあります。

生きていく上で様々なそしていろいろな人たちが「意見」を行ってくることでしょう。

他人の意見に流される人もいれば、断固として拒絶する人もいることでしょう。

しかしここで大切になってくるのは、自分がどうありたいか?をその時その時でいいので感じたことを考える点にあります。

不変の真理として「人は必ずどこかで命が尽き」ます。

最近の子供たちは昔と比べて夢を追うことをしなかったり、夢がなかったりと言われる傾向が強く増え続けています。

身近にゲームができ、友人や知人と連絡を取ることができ、便利になった一方で、自分自身に都合の悪いことは「めんどくさい」や「つまらない」といった簡単な単語で片付けられてしまいます。

なぜならば一昔前では苦労して手に入れた自由や幸せをほとんど苦労せずに手に入ってしまうからです。

もちろんネット上の中で人生終わるまで完結できるような(世の中になるかもしれない)生活を「働くと言う概念」を持ちながら、誰に迷惑をかけることもなくお金を稼げれば良いのかもしれません。

しかしながら、30年、40年上80%以上の人はこの限りではないかと私は推測します。

幼い頃から自分自身を「客観性を持って視る」ことができているのかどうか、今とっている行動が将来どのような悪影響を及ぼすのか、または良い影響となるのか、「いつか大人になったら変わるだろう」は愚行以外の何者でもありません。

私は人生を振り返ってみても子供の頃に犯した優しい7つの大罪は常に残り続けます。
幸いなことに崖っぷちに立たされながら過去のためだった自分と対峙し楽しく過ごすことができています。


人との対話と本当の愉しみや悦びを知らずに育つと言う事は非常に危険なことだと感じます。

もちろん大人になってこのジレンマは消えることがありません。

他者からの視線を避けるよりも、自己を常に心の中に投影しながら自分自身と対話することがコロナ以後の世界に最も必要とされていくことなのだと思います。

心理カウンセラー加藤勇貴

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