言葉の覚悟

「言いたいこと」と「言うべきこと」は全くの意味合いが異なると言うことに気づき始めた今日この頃。


あとあと整理てみればこの区別は難しくないのですが、刹那的に起こる出来事に対して、脊髄反射のごとく対応することは非常に難しい。

よく何かを言いたい時は7秒黙って考えてから、それが言うべきことなのか、言葉をいちど飲み込むといった風習が、我が国、日本ではあります。

新渡戸稲造の武士道の心得の1つとも言えるでしょうか…

しかし同時に考えすぎて時が経ってしまうと意味をなさないものもあります。

料理における決定的な隠し味を入れるタイミングを逃してしまうかのように。

料理は作り直がききますが、人生はやり直しがききません。

言葉を発するべきタイミングは、相手の心を開くタイミングと同調しなければなりません。

波長が合わなくても同調する事はタイミングの問題です。

伝えようとすると伝わらない、伝わる時は改めて機会を設ける時よりも、日常生活の中でのリラックスした状態にさりげなく相手の心に浸透していくものだと思います。

ダブルス形式の時に後ろのお客様にアドバイスをしている時、なぜかペアの前衛の方に思いが伝わる場合が多くあります。

思春期真っ盛りの子たちと話をする時、我々大人からしてみれば、くだらない中二病のような表現が彼ら(彼女ら)の心に突き刺さる言葉になることもしばしあります。

自分が歩んできた人生の経験値から得たストレートな言葉こそがタイミングを察知するのかもしれません。