急がば回れの成功の法則!(スポーツ、勉強、テニス)

いつもながら思うのは選手の子の努力の継続!

大抵の人は試合に数回でると心が折れたり、途中でテニスまでも遠ざかったりすることもあるのに、負けても試合に出て、勝っても次の大会にで続けて、練習をして・・・

時には風邪をひいたり、怪我をしたり、喜怒哀楽が交錯する中、何年も続けることは、例え好きでやってると言っても1番の人生の財産になる事だと思います。

今日は試合の帰りにガットが切れたと張り替えに来てくれたテニスの貴公子K君、平日は自力で電車と徒歩で学校帰りに来てくれます。
そんなに近くないこの距離、試合で負けて気乗りしない時も、良いプレーができて勝てた時もいつものルーティーンは変わりません。

そう言えば、下川選手もオーストラリアに留学していた時にホストファミリーの家から2時間程かけて通っていたのを思い出します。

浅野コーチは高校卒業する前から埼玉県から乗り継いでコーチの下積み修行をしていました。
現在は原付で1時間弱かけてきてくれています。

若い頃の苦労って、こう言うタイムロスに見えるような効率の悪さって言うのが案外、人を成長させてくれるのだと思います。

大学生になっても親御さんの車と応援で引率してもらっていたりする光景を目の当たりにする機会もシニアの大会であるくらいです。

親離れは自立の第一歩!
親って漢字は【木の上に立って見る】と書きます。

もどかしい気持ちを抑えながら、縁の下の力持ちでサポートして頂く保護者の皆様には頭が下がります。

ありがとうございます。

一見、遠回りに見えるようなサポートかも知れませんが、桃栗三年柿八年と言います。

また孔子の論語では、15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る、60にして耳順い、70にして心の欲する所に従いて矩のりを踰えずと言われています。

常に人として成長し続ける事が、また、何かを成し遂げるにはそれ相応の期間があると言う事の例えでしょう。

自分の存在の意味が50歳でと考えると50歳からが人生の折り返し地点と言うことになりますね。
そして、本当のスタートラインだと言うことになります。

別に試合に出なくても良いショットを追求し続けることも、この限りなのだと思います。

始めはガットがなかなか切れなかったお客様もしっかりスイングすることで、厚い当りの球になり、結構しっかりしたストリングも切れるようになりました。

ガットが全く切れない人はいません。

勿論、チョイスもありますが、全く切れないガットは合っていない事が多く見受けられます。

一度も切れたことのない方はお近くのお店でストリングのチョイスを変えてみると良いでしょう。

切れる!歪みすぎる!
これが出来るまではテニスの上達は見込めないと言っても過言ではないでしょう。

何年も視野に入れたビジョンでテニスを!
そのphase(段階)に応じた楽しみ方を!取り組み方を!

背伸びは勿論、必要です!
しかし、悲観する必要はありません。

天命を受けた御歳からでもお待ち申し上げておりますょ!

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