コーチとしての役割は、実はこの「秘めた闘志」を本人のペースで刺激し、引き出すことにあるのかもしれません。競技者に向いていないと言われる人たちは、しばしば「勝ちたい気持ちが前面に出ていない」とか「負けて悔しいと涙を流さない」などの理由で評価されがちです。しかし、僕たちはその評価が間違っていると考えています。外から見える反応だけで、その人の本質を判断するのは危険です。成功への鍵は、その人自身が内に秘めた闘志をどのように自分のやり方で引き出していくかにあるのです。
実際のコーチングの極意は、本人が自然な形で成長できるきっかけを作ることです。極言すれば、コーチの存在が「感じられない」くらいのバランスが理想です。つまり、コーチの役割は、本人が成長の機会を自分で見つけ、追いかけられるような環境を整えることにあるのです。この過程で、「やらなければならない」(have to) ではなく、「やりたい」(want to) という気持ちが自然と湧き上がってくることが重要です。脳科学の観点からも、強制された学習や訓練は、脳にストレスを与え、長期的な成長を妨げる可能性があります。しかし、興味ややる気が湧き、本人が自ら進んで取り組む場合、脳内で報酬系と呼ばれるドーパミンの分泌が促進され、学習や成長がより効率的に進むことがわかっています。
長い付き合いになるあるジュニアの子と練習をした時の話です。彼は表立って自分をアピールしたり、ガツガツするようなタイプではなく、少し前の言葉を借りて言うなら「草食系男子」的なテニスプレイヤーです。勝ち負けを気にしているのだと思うけれども、感情を控えめにしながら一生懸命練習に取り組む子でした。ある日、コントロール系の練習をしていたときのことです。元は普通に一生懸命取り組んでいる光景だったのですが、疲れているはずなのに、休憩を取ったタイミングでいつもより早くコートに戻ってきました。ほんの少し「目的を達成したい」というふつふつとした闘志が、内から湧いてきたのでしょう。外から見てもそこまで様子はわかりませんでしたが、彼の雰囲気には何か微かな変化が見られました。この時、僕はコーチングの極意を垣間見た気がしました。言葉以上に大切なもの――それは、少しの変化を視る力だと強く感じました。
こういった瞬間に、しっかりとじっくり付き合うことが、その子の成長につながるのだと思います。大人も子供も、同じことが言えるのではないでしょうか。人は外から見える姿だけでなく、内に秘めた意志や闘志が、その人を支え、成長へと導いていくのです。
人間の脳は、自分が「やりたい」と感じることに対して、驚くべき柔軟性と集中力を発揮します。逆に、「やらなければならない」と感じることに対しては、どこかで抵抗感が生まれ、持続的な努力が難しくなります。この「やりたい」という感覚を引き出すために、コーチングは無理強いではなく、適切なタイミングでの刺激やサポートが必要です。
さらに、脳は成功体験を通じて自己効力感を高め、それが次の挑戦へのモチベーションとなります。小さな成功を積み重ねることで、選手の自信や意欲が自然と強化され、それが外からは見えにくい「うちに秘めた闘志」へとつながっていくのです。このプロセスは、単なる技術の向上ではなく、精神的な成長も伴うものであり、コーチの役割はその成長を外から存在感を感じられないようにサポートすることにあるのだと思います。