今の時代に必要なテニスコーチ?

男は、黙ってサッポロビール…!

昭和の時代に流行ったCMだった気がします。

何も語らず、相手に伝える、言いたい事は我慢して忍ぶことがかっこいい男の生き様だと言われていました。

世の中は、LGBTQを推奨するようになり、男女間のあらゆる格差をなくそうと言う風潮になってきております。

いろんな意味で、個人は自由だし、公序良俗に反しない限り、何をやっても良いと思われます。

しかし、一方で、あるAと言う意見があれば、賛成する人もいれば、否定する人もいます。

結局のところ、どこまで行っても堂々巡りで収束する先は無いように思われます。

しかし人類が誕生してから約500万年の間、遺伝子に刻まれた積み重ねてきた生活の糧はなかなか変えることができません。

例えば家にヒキコモったとします。
全く誰とも会うことなく、何もすることなく会える人は皆無に近いでしょう。

今は家から出なくても、InstagramやYouTube、Facebookに、オンラインゲームがあります。

つまり、人と人が見えない空間でつながっているのです。

コメントをしていなくても、誰かのキラキラ生活をしているだけで、面白番組を見ているだけで、バーチャルでの共同体を構築しているのであり、人との関わりを(佐藤一方通行であったとしても)感じていることになります。

人は、共同体で生活を営んできました。
生活形態や様式が変わったとしても、人と人とのつながりは未来永劫に決して変わる事はないでしょう。

仮に、存在するとすれば人間にとって変わる生命体が君臨すると言う事態になります。


これと同じで、最近すごく感じることがあります。
それはレッスンをしていて「言葉でアドバイスをする」事についてです。


形式的なテニスのレッスンを行う事は簡単です。
しかし、一方で、楽しむことに重きを置く人もいれば、上達することに重きを置く人、汗をかくことで運動量を稼ぐことを求める人もいます。


そんな時、感じる事は冒頭に合った「昭和の名言」です。


黙っていても、その人のことをそこまで考えているのか、どのように伝わっているのか、もちろん、お互いが相容れない場合もあると思います。

しかし、それでも僕は良いと思います。
川の上流から凸凹の意思が流れてきて、下流に近づくにつれて、丸みを帯びた綺麗な石になるのと同様だと感じるからです。

アンテナをそこに向けて張り巡らすことができるのか?

これが1番大切だと思います。


口数よりも、手数、手数のために想い…

言葉で表現しないと伝わらないこともあると思いますが、言葉を発さないからこそ伝えることのできる想いもあると思います。

上達すると言う機微は人生のそれに少し似ている気がしてなりません。

楽しむと言うことは超自然体の自己表現なのかもしれません。

そしてそれは千差万別!


高倉健さんがお酒をあまり飲めなかったことも、この言葉の深さと人生におけるイロニーを彷仏させることだと思います。