肝心な時に「あやまる」事が出来ない人にイライラしないために

いつもは「ごめん」と言えるのに、そのように言ってくれない。

いつも「ごめん」を言えない。

こう言った時に心の拠り所をどこに求めるか?
こう言った時に心の置場所をどこに持つのか?

ごめんの言えない人の本質を考えてみたいと思います。

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→SAチケット発行致しました、ご確認お願い申し上げます
→2月1日(土)13:00~、14:40~、15:30~は要振替(フットサル大会のため)
→2月11日(火祝)、2月24日(月祝)は休日スケジュールになります
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【エゴ/虚栄心】からくる「ごめん」を言えない人

→自分に自信がない、相手よりも立場が上だと思いたい、自分を大きく見せたい

このケースが意外にも多くあります。
会社や家族でのポジションがなかったりすると歪んだ「自己承認欲求」を満たそうとしたり、「社会的所属欲求」を達成しようとしてしまいます。ひとこと言えば楽なのに、等身大になれば周りも寄ってくるのに、、、相手に対しては何も求めずに「かわいそうな人だな」とやり過ごしましょう。
もし、自分自身が当てはまる対象であるのであれば「素直」な気持ちを持つ事を心がけましょう。


【突然すきで】焦って「ごめん」を言えない人

→(コソコソ隠れてと言うイメージが強いでしょうか?)突然のあり得ないシチュエーションに対して「えっ!?」と言う状態になり「謝罪の言葉」よりも驚嘆/驚愕が先に来てしまうケース。学生が喫煙、原付き運転などの校則違反をして先生に見つかったり、浮気現場を現行犯で抑えられた時にこのコースが想定されます。
「勉強する」と親御さんに言い放って部屋でゲームをしているのがバレてしまった状況も同じです(笑)

余計なひとことは言わずに、焦った状況を隠さずに、少し間を置いて、または、深呼吸をして謝罪の言葉を述べる覚悟をしてみましょう。



【本当に悪いと思っていない/感じていない】

→沸点は人それぞれ、価値観も十人十色、そもそもの「謝罪の情動」が沸き起こらない場合です。

「感じてない」相手に対しては、「暖簾に腕押し」「焼け石に水」、こちらが我慢すれば済まされるのであれば「こう言う人もいるんだな」と諦観してしまいましょう。


相手に過剰に求めてしまう、「わかって欲しい」と望んでしまう。

一歩引いて、一言我慢して「俯瞰」する事で本当の意味での「諦観」が「希望」に、そして「意志」に変わるかも知れませんね。

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