「すぐに怒る人や泣く人に近寄らない方が良い」と言われる背景には、人がネガティブな感情を直接的かつ頻繁に表現すると、それが周囲に与える影響が大きいことが挙げられます。
このような反応は、個々の感情の問題にとどまらず、社会的な影響や心理的な伝染を通じて広がるため、慎重に扱うべきです。
まず、ネガティブな感情が周囲に与える影響を考える際に「情動伝染理論」が参考になります。これは、人の感情が他者に容易に伝わり、同じ空間で共鳴し合う現象を指します。例えば、ある人が怒りを露わにした場合、その場にいる他の人も不安や緊張を感じやすくなり、結果として全体の雰囲気がネガティブに傾くことがあります。
また、泣く人に対しても同様で、その悲しみが周囲の人に伝わり、彼らの感情が下がることが知られています。これが集団に広がると、特に職場や家庭などの密なコミュニティでは、集団全体のモチベーションが低下したり、生産性が落ちるリスクもあります。
心理学的観点からも、すぐにネガティブな感情を表出することは、自己コントロールが弱いと解釈されることがあります。自己コントロールの欠如は、心理学者バンデューラが提唱した「自己効力感」にも影響を与えると言われています。自己効力感とは「自分はこの状況をコントロールできる」という感覚であり、これが強いほど人は困難に立ち向かう力が湧きやすくなります。しかし、感情を即座に表現する癖がある人は、自己効力感が低いため、状況に対して無力感やフラストレーションを感じやすく、周囲に与える影響も不安定です。このような人が周りにいると、自然と他者の自己効力感も低下し、ポジティブな変化を起こすのが難しくなると言われています。
さらに、脳科学の観点からは「ミラーニューロン」が関係しています。ミラーニューロンは他者の行動や感情を見たり聞いたりした際に、脳が無意識に同じように反応するニューロンの一種です。つまり、近くで怒りや悲しみを表す人を見ると、知らず知らずのうちにその感情を模倣し、自分自身もネガティブな感情に引き込まれるリスクが高まります。これは特に共感力が強い人ほど影響を受けやすく、長期間にわたりネガティブな環境にいると、精神的な疲労やストレスが積み重なり、うつ状態に近づく可能性も指摘されています。
また、経済学者が研究する「幸福度」の観点からも、他者のネガティブな行動が個人の幸福度に悪影響を与えることが報告されています。アメリカの幸福研究者、エド・ディーナーによると、幸福度の高い人は、自分の心に余裕を持ち、ポジティブな関係を築くことが得意である一方、ネガティブな行動を繰り返す人と接することで、幸福度が低下する傾向があるといいます。これは、ネガティブな影響が個人の幸福に直接的に作用し、長期的には人間関係の質そのものを低下させる要因となり得ることを示しています。
結論として、すぐに怒ったり泣いたりする人と距離を保つことは、自己の精神的な健やかさを守るために重要です。ネガティブな感情は伝染しやすく、無意識のうちに他者の心にも影響を及ぼします。すべての感情表現が悪いわけではありませんが、特に頻繁にネガティブな感情を示す人とは一定の距離を保ち、自分の心の健康を守ることが長期的な幸福につながると考えられます。
この考え方はテニスでも同じことが言えます。テニスは一人でプレーする場面が多く、プレーヤー自身のメンタルが試されるスポーツです。特に個人競技だからこそ、指導者や仲間の影響を受けやすいですが、ネガティブな感情を頻繁に出す人がそばにいると、自分のパフォーマンスにも影響が出てしまいます。そのため、超個人のスポーツであるからこそ、指導者や仲間ではなく、自分自身がこのような人たちからあえて距離を置き、「汚染」されないよう心がけましょう。自分自身の健やかなメンタルを守ることが、テニスでの本来の力を発揮するために必要なのです。